社会課題を解決するための事業は、この国で生まれ続けている。しかし、「解決した」と言い切れる社会課題はあまりにも少ない。なぜか? それは、社会課題を生み出す構造そのものが放置されているからである。
本稿では、2025年10月にREEP財団が事務局を担った横断対話を手がかりに、「構造そのものをいかに捉え直し、そのシステムごと変えていけるか」を整理する。
社会課題を生み出す「システム」をどう捉えるか
横断対話に参加したのは、REEP財団が実施している休眠預金等を活用した「早期介入プログラム」で助成を受けている団体の代表やスタッフをはじめ、NPO経営者やスタッフ、研究者、中央省庁の行政官、首長、国会議員、企業のCSR担当者、民間財団などの多様なプレーヤーだ。
冒頭の挨拶では、休眠預金制度の立ち上げ時から関わってきた本イベントの呼びかけ人のひとりである、こども政策シンクタンク代表・白井智子氏が、「休眠預金は本来、土を用意して、水をやって、光を当てて、モデルを大きく育てるための仕組み。セクターを超えて、誰も取り残される子どもがいない社会を本気で実現するシステムをつくっていけたら」と話した。

ここでいう「土」や「光」は、個々の事業ではなく、それを支えるルール、文化、連携構造、制度といった“見えにくい基盤”のことだろう。この視点は、本イベントの重要な軸となっている「システム思考」ともつながっている。
この横断対話は、システム思考の考え方や方法論を知った上で現状の課題を洗い出し、参加者同士の対話を通して、構造分析やレバレッジ(より少ないリソースで、より大きく持続的な成果を生み出す)ポイントを探っていくという1泊2日の合宿型のプログラムになっている。
システム思考については、組織・社会の変革支援を行う「有限会社チェンジ・エージェント」代表である小田理一郎氏がナビゲートした。小田氏は、ピーター・M・センゲ著『学習する組織――システム思考で未来を創造する』の共訳や、ドネラ・H・メドウズ著『世界はシステムで動く――いま起きていることの本質をつかむ考え方』の解説等に取り組んできた。「システム思考」や「学習する組織」の日本での普及を牽引してきた実務家の一人である。

概念を詳しく知りたい方は上記の書籍等を読んでいただくとして、ここでは、システム思考がどのように横断対話において活用されたか、考え方のエッセンスを筆者なりに大まかにまとめたい。
1つめは、「今のシステムが、誰をどのように取り残しているか」を可視化すること。現行の制度によって救われている人だけでなく、その周辺で支援につながれない「グレーゾーン」の人を見据え、「そこに構造的なバイアスや抜けがないか」「どの段階でこぼれ落ちるのか」の因果を、属人的なものではなく、制度・ルール・文化などの組み合わせから捉えること。
2つめは、「メンタルモデル(思考の前提や枠組みとなる、各自の頭の中の前提)」もシステムの一部として扱うこと。システムのパターンや構造の奥底には、「行政はこういうものだ」「親ならこうあるべきだ」といった固定観念やメンタルモデルがある。ルールや制度を変えるだけでなく、その裏にある個々人の価値観・前提も問い直していくこと。
3つめは、『全体像と複雑性は多様なプレイヤーの視点なしには捉えきれない』という前提に立つこと。社会課題が生じるシステム全体を、個人や一団体が捉え切ることは難しく、ともすれば自分の知っている側面だけで判断したり、仮想の悪者をつくって自己正当化するという罠に陥ってしまう。
また、対話のためにいくつかのルールも提示された。「上から教える/下から学ぶ」関係ではなく、対等な立場として互いを扱うこと。「企業はこう」「財団はこう」という一般論やイメージだけで相手の話を聞かず、ひとりひとりの発言を捉え直すこと。自分一人でジャッジせず、「正しくないかもしれないアイデア」も試しに場に出してみること。こうしたルール自体が、「集合知を立ち上げる」ためのシステム設計の一つだろう。

困難が複合化する前に、早期に包摂する事業を育てる
ここで、REEP財団の行ってきた「早期介入プログラム」についても触れておきたい。REEP財団は2023年より、休眠預金等活用制度の資金分配団体として、「ICTを核とした早期介入のエコシステムの構築」につながる事業への支援を実施してきた。
ICT を活用しながら、何らかの困難を持つ子ども・若者・母子の課題への早期介入を行い、またサービス提供で得られた大量のデータを業界横断的な問題解決や事業化に活用することで、より広域的・効果的な早期介入を実現するエコシステムを創造することを目指したものである。
公募では1期・2期をあわせて31団体からの応募があった中、産後ケア事業のアクセシビリティの改善、特別支援教育におけるICT活用、AIを活用した不登校の子どものコンディション把握、虐待予備軍の「はざまの子ども」に向けた相談支援などに取り組む5団体が採択され、それぞれ事業化に取り組んできた。
プログラムを始めた背景には、困難を抱えた人を放置すると、より困難が複合的になり、解決が難しくなるという構造がある。困難の芽の段階で早期に介入して、支援の費用対効果を上げることができれば、同じ予算でより多くの人をカバーできる可能性が高い。このプログラムそのものが、既存の構造を問い直し、システムを変えていくことを目指したものであると言える。

「虐待」というラベルが生む沈黙構造
実際にテーマ別の分科会で、どのような会話が行われたのかを見てみたい。
あるグループでは、「早期介入プログラム」の採択団体の1つであるNPO法人第3の家族や、児童養護施設・児童相談所・社会福祉協議会での家族支援に関わる専門家らが集まり、「親が悪者にならない虐待」というテーマで対話が行われた。
第3の家族は、支援制度から取りこぼされる、はざまの若年層を対象に、「寄り添わない⽀援」を行う団体であり、早期介入プログラムを活用して、虐待予備軍の家庭の子どもが社会資源に繋がるプラットフォーム開発を行っている。
出発点となった問題意識は、過干渉や教育虐待、兄弟差別など、「しんどさは大きいが、典型的な虐待とは言いづらいグレーゾーン」が広く存在することにある。この層は身体的虐待とは違って外からなかなか発見しづらく、支援ルートも乏しい。本来はこの層の家庭の保護者・子どもが早期に相談につながることができればいいのだが、そうなっていない現実がある。

グループでの対話からは、「虐待」と呼ばれることへのスティグマが早期介入を妨げているのではないかという構造が浮かび上がった。児童相談所への相談は、子ども側も「通報したら親が怒る/捕まるのでは」という思いからSOSを上げづらい。親自身も育児等に難しさがあっても、「相談したら虐待家庭とラベリングされるのでは」という恐怖や恥の感情から、家庭内で抱え込みがちになる。
結果として相談・通報が遅れ、介入時にはすでに状況が深刻化しており、保護・分離など強い措置が必要になってしまう。こうした深刻な虐待事例がメディア等でも取り上げられる中で、「ここまで深刻な事例ではないからうちはまだ虐待ではないかも」「相談したら家族が壊れる」という捉え方がより増幅してしまい、相談行動が抑制される。
この対話の中では、「行為としての暴力はよくないが、親そのものを“悪人”とみなす構図からは距離を取りたい」という話も共有された。ここで重要なのは、個々の親に責を負わせるのではなく、「虐待」というワーディングと現状の制度運用のされ方が、結果としてどのような行動パターンと感情を生み出しているかを、システムとして捉え直そうとしている点である。

縦割りだった行政に、橋をかける実践
こうした現場の構造をどのように変えていくか。
「虐待かどうかは一旦置いておき、グレーゾーンの子にも丁寧なアセスメントと対話を行える中間的な窓口が必要ではないか」「『虐待・要保護』だけでなく、『マルトリートメント・養育環境のアンマッチ』といった中間的な概念・制度を整える必要があるのではないか」といった問題提起や、「そもそも若者に“相談する文化”が根づいていない」という指摘が参加者からなされた。
参加者の一人である五十嵐立青つくば市長からは、地域での実際の取り組みとして、若者が性や心の悩みを相談できるユースクリニックの事例も紹介された。名前を言わずに対面・電話・メール・オンラインどれでも相談でき、月に一度予約不要で話せる日も設けているという。他にも、スポーツと居場所機能を組み合わせた若者向けのユースセンターも構想しているなど、若者の心理的なハードルを下げたさまざまな接点づくりに取り組んでいる。
また困りごとを抱える家庭が自分でアラートをあげることの難しさをふまえ、子どもたちの教育データ(学力、自己肯定感など)、福祉データ(所得、支援利用歴など)、医療データ(国保の出入り、受診状況など)を統合的に分析し、「ハイリスクな子ども」を早期に把握して、支援員が様子を見ていく取り組みや、民間アドバイザーを交えて教育行政と福祉行政とで合同で定例会議を行い、具体的にケースを議論しているという、こどもデータ連携の実証事業が紹介された。

こうした取り組みは、システム思考の具体的な実装例として示唆的である。行政は、教育・福祉・医療が縦割りになりやすく、どこかが問題を早期にキャッチしていたとしても、「横につなぐ」機能が、構造的に途切れやすい。つくば市での実践は、縦割り行政の構造や、データのサイロ化、部門間のメンタルモデルの違いといった“見えにくいシステム要因”に対して、意図的に橋をかける設計だと言える。
一方で、「データに表れない心理的な苦しさ」「学校アンケートで本音を書かない子ども」など、データでは拾いにくい層が残るという課題も指摘され、数量データだけに依存しない多層的なシステム設計の必要性も示された。
またオンライン相談や電話相談は、地理的な壁を超えられるが、履歴を親や友人に見られる不安もある。リアルな場で相談できる方がよいケースもあるが、そういった場のあるなしは自治体間格差が大きく、全ての地域で利用できるわけではない。
こうした実際の事例や議論を通じて、「相談窓口は、性質の違う複数の入口を並存させる必要がある」という認識が共有された。システム思考で言えば、一つの強いルートへの依存(集中型システム)ではなく、異なる特性を持つ複数のルートを張り巡らせる(分散性システム)が求められている、という整理になる。

「支援を自ら選べる」を社会の前提にしない
別のグループでは、産後うつや育児不安などを抱えながらもなかなか産後ケア事業を利用することが難しい母親の状況に焦点が当てられた。
対話のなかでは、産後のしんどさを「親として当然乗り越えるべきもの」とみなし、支援は「特に大変な家庭」向けと分けて考える自己責任的な考え方やメンタルモデルが、支援者にも、母親のパートナーや家族にも、そして母親自身にもあるのではないかという声があがった。
また母親側が「たくさんの支援の中から必要なものを自ら選び、申請できる」ことを無意識的に前提としており、疲弊した中で情報探索と意思決定の負荷を強いているのではないかという声もあがった。これは産後の母親に限らず、困りごとを抱えた人を支援する上で、広く前提とされてしまっているシステムである。

参加者からは、「困ったときはここに連絡すればよい」という、同じ支援者・窓口がゆるやかに伴走する仕組みやシンプルな入口設計の必要性が提案された。産後ケアを「虐待ハイリスク家庭への予防策」ではなく、「すべての親が一定のしんどさを抱える普遍的なライフイベント」として位置づける視点や、行政、医療機関、NPOが自己責任型ではなく伴走型のメンタルモデルを共有したうえで役割分担することが具体的な方向性として挙げられた。
個々の支援メニューを増やすだけでは限界があり、産後期の母親像に対する社会の前提や、その背景にあるメンタルモデルを書き換えることが、乳幼児期の虐待防止と子ども・母親のウェルビーイング向上の双方に不可欠であることを示したと整理できる。

多様なプレーヤーが編み直す「より大きな地図」へ
こうして見えてきた将来あるべきシステムは、一つの組織や専門領域だけで考えることは難しかったのではないだろうか。
「自分の見ている世界が正しい」と固執してしまっては、集合的な知を作り出すことはできない。たとえば医療の専門家は、医療におけるアウトカムは把握できても、自治体の制度設計や裁量の実態まで把握することはなかなか難しいだろう。
子ども支援や若者支援を行うNPO、自治体首長、中央官庁の行政官、地域の社会福祉協議会、医師、研究者など、今回の参加者はそれぞれが多様な専門性を持っている。しかしある分野の専門家であっても自分が見えていない領域や背景が広くある──こうした各参加者の”無知の知”への気づきこそが、集合知を立ち上げていったように生まれていたように思われる。

横断対話の最後は「自分の組織でやりたいこと」「エコシステムとしてあったらよいこと」を各自が考える中で、「社会を良くするために動いているつもりでも、対立構造があったり、他の人を上下で見たりすることが起こっている。表面に見えている社会課題だけでなく、メンタルモデルやそれを生み出す社会の構造そのものを変えていかないと、永遠に次の課題が出てきてしまうという気づきが得られた」という感想もあがった。
また、「境界や壁は『超えられない』と思い込んでいる私たちの気持ちを変えていく必要がある」「省庁間や自治体間の縦割りの中で、はざまにいる子がこぼれている。支援者が横でつながれる仕組みを考えたい」「いいモデルを横展開・スケールするだけではうまくいかない。各現場で苦悶しながらの対話が必要」という声もあった。

多様な立場の人々が自分の見ている“一部分のシステム”を持ち寄り、それらを横断的につなぎ合わせながら、「自分の現場からどう社会システムを編み直していくか」を考え始める。そうした場が、この横断対話であったと言える。
そしてこの場は、今回で終わりではない。自分の地域で、あるいは自分の領域でこうした横断対話を実施したいという声もたくさんあがった。
どこに構造的な歪みがあるかを言葉にし、改善するための小さな実験をまた各自がそれぞれの現場で重ねてゆき、その結果をまた構造としてフィードバックする。そうした循環をつくるための土壌を、REEP財団では耕している。

文・写真:田村真菜
『早期介入のシステム変革を巡る横断対話』開催概要
目的と背景
発達障害、産後の母子支援、児童虐待などの早期介入は、適切に実施されれば当事者の負担を長期的に軽減し、社会的費用の削減にも寄与することが国際的研究で示されている(Heckman et al., 2013; Miller, 2015)。
日本でも実践は進みつつあるが、医療・福祉現場や家族の献身に依存した介入にとどまっている。また、分野ごとに対処法の確立度が異なり、早期発見から自立までの各段階で関係者の見解も分かれ、統合的アプローチが進みづらい構造がある。
こうした課題を踏まえ、行政・民間を横断した対話の場を設け、早期介入を阻む制度的・構造的要因を明確化し、望ましい早期介入の青写真と具体的な連携・共同行動を描く取り組みである。
開催日時
前日プログラム 2025/10/20(月)※「2023年度早期介入助成 ICT を核とした早期介入のエコシステムの構築」採択団体対象
全体プログラム 2025/10/21(火)
開催場所
国立オリンピック記念青少年総合センター
呼びかけ人
株式会社こども政策シンクタンク
代表取締役 白井智子
一般財団法人REEP財団
代表理事 加藤徹生
ファシリテーター
有限会社チェンジ・エージェント
代表取締役兼CEO 小田理一郎
一般社団法人たまに
代表理事 佐竹麗
参加者
※「2023年度早期介入助成 ICT を核とした早期介入のエコシステムの構築」採択団体のみ記載
(あいうえお順)
https://grant.reep.jp/5
NPO法人第3の家族
株式会社137
株式会社Kids Public
株式会社グッドバトン
株式会社デジリハ
事務局
一般財団法人REEP財団
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